衆議院解散の仕組みや流れを徹底解説!過去の事例も紹介

ニュースなどで衆議院解散という言葉をよく聞きますが、意味が理解していないという方も多いのではないでしょうか。

そこで本記事では、衆議院解散の仕組みや流れについて解説します。

過去の事例も併せてご紹介しますので、衆議院解散について知りたい方は参考にしてみてください。

衆議院解散の仕組み

衆議院解散の仕組み

衆議院解散とは、衆議院の議員が全員辞職することです。

解散した後は総選挙をして、改めて新しい衆議院議員を選びます。

衆議院を解散する権限は内閣が持っており、国務大臣全員の賛成を得た時のみ行うことができます。

ただし総理大臣は国務大臣を辞めさせる権限があるので、解散に反対した大臣を辞めさせて、解散を押し通すことも可能です。

つまり事実上、衆議院解散の権限は総理大臣が持っているといえます。

衆議院解散は日本国憲法第7条第3号で規定されており、天皇の国事行為として行うことが記述されています。

衆議院が解散するタイミング

衆議院解散はいつでもできるわけではなく、解散できるタイミング決まっています。
そこで、衆議院が解散する4つのタイミングについて、詳しく解説します。

任期満了時

衆議院の任期は4年で、任期が満了した時は新たな議員を選ぶために解散総選挙が行われます。

ただし任期満了による解散総選挙はめったに行われず、戦後に任期満了を迎えたのは1976年の一度のみです。

内閣不信任決議案が可決された時

内閣不信任案とは、今の内閣が適切でない、信用できないと判断した時に、野党が内閣の退陣を求める法案のことです。

野党から内閣不信任案が提出され、それが可決されると、内閣は総辞職か衆議院解散かを選ばなければなりません。

内閣信任決議案が否決された時

野党が内閣不信任案を提出できるのに対して、与党は内閣信任案を提出できます。

内閣信任案とは、今の内閣が適切である、信頼できるということを、国会の議決として正式に承認するためのものです。

野党が内閣不信任案を提出したのに対抗して、与党から提出されます。

内閣信任案が否決されると、内閣不信任案が可決された時と同様に、内閣総辞職か衆議院解散を選ぶことになります。

内閣が解散すべきと判断した時

上の3つのケース以外にも、内閣が衆議院を解散すべきと判断した場合は解散することができます。

例えば重要な法案を可決したい時に、議会だけではなく国民の同意を得るためなどに用いられます。

総選挙で与党が多数の議席を占められれば、国民から支持されたとみなすわけです。

衆議院解散後の流れ

衆議院解散後の流れ

衆議院が解散して議員が辞職した後、どのようなことが行われるのでしょうか。

そこで、衆議院解散後の流れについて詳しく解説します。

まず衆議院が解散すると、解散から40日以内に総選挙が行われます。

総選挙が行われ新しい衆議院議員が決まると、30日以内に特別国会が召集されます。

特別国会では、総選挙で過半数の議席を取った政党から新しい首相が指名されます。

そして新しい首相が指名されると旧内閣が総辞職し、新しい首相による新内閣が組閣されます。

解散したときにかかる費用

衆議院が解散した場合、総選挙などにかかる費用として、約600億円の予算が計上されます。

これは東京スカイツリーの総工費とほぼ同じで、衆議院解散には多額の費用がかかることがうかがえます。

衆議院と参議院の解散

衆議院と参議院の解散

参議院は衆議院と違って解散がありません。

3年ごとに議員の半数が入れ替えられ、原則として参議院議員は6年の任期を全うします。

衆議院は任期の途中で解散することが多く、こまめに議員が入れ替わることで国民の直近の意見を反映できるようになっています。

一方で参議院は任期が長いため、長期的な視点で国民の意見を反映できるという利点があります。

衆議院の優越とは

もし衆議院と参議院が全く同じ権限を持っていたら、お互いの意見が対立した時、いつまで経っても意見をまとめることができません。

これを回避するために、衆議院には「衆議院の優越」という権限が与えられています。

例えば衆議院で可決された法案が参議院で否決された場合、衆議院で再可決すれば法案が通る仕組みになっています。

衆議院にこのような権限が与えられているのは、衆議院は参議院より民意を強く反映しているとされているためです。

なぜ衆議院のほうが民意を強く反映するのかというと、参議院はかつては「貴族院」という名前で、皇族や華族などの貴族階級が所属する議院でした。

衆議院はそれに対して民衆から選ばれた議員による、国民の意見を反映するための議院だったという経緯があります。

今は参議院も民衆から選ばれていますが、解散総選挙があるなどの理由から、現在でも衆議院のほうが国民の民意を反映しやすいとされています。

衆議院が解散した事例を紹介

衆議院が解散した事例を紹介

衆議院の解散は戦前の大日本帝国憲法下で18回、戦後の日本国憲法下で24回行われています。

そこで、実際に衆議院が解散した事例の中から、有名なものをいくつかピックアップしてご紹介します。

任期満了による解散、不信任案の可決による解散など、各事例から有名なものを選んでいます。

ロッキード解散

1976年三木内閣の時に行わた解散は、戦後唯一の任期満了による解散の事例です。

解散せず任期満了というと、これといった揉め事もなく平和的に任期が過ぎたように思うかもしれません

。しかし実際はロッキード事件に関するいざこざから、三木首相が解散する権利を封じられたといういきさつがあります。

嘘つき解散

嘘つき解散は1993年宮澤内閣の時に行われた解散です。

2019年現在、内閣不信任案の可決により解散した一番最近の事例となっています。

宮澤首相がテレビ番組で選挙制度の改革をやると言っておきながら、実際には改革が行われなかったことをきっかけに不信任案が可決され、嘘つき解散という名前がついています。

郵政解散

大きな政策を実行するにあたり、国民の是非を問うために解散した例として有名なのが、2005年に小泉純一郎首相が衆議院を解散した「郵政解散」です。

これは小泉首相が郵政民営化の是非を国民に問うために行われました。

郵政解散は解散に反対する閣僚を辞めさせてまで強行されたため、首相にそこまでする権利があるのかという意見も出ました。

しかし結果は与党が3分の2以上の議席を獲得して勝利し、2007年に郵政民営化が実現しました。

死んだふり解散

死んだふり解散は1986年中曽根内閣の時に行われた解散で、衆議院と参議院の選挙が同時に行われた「ダブル解散」の事例として知られています。

衆議院の解散時期と参議院選挙の時期がちょうど重なったため、同じ日に選挙が行われることになりました。

この時期は一票の格差が問題となっており、これが解決するまで解散は行われないと考えられていました。

その中で解散総選挙を実行した中曽根首相が、「解散は無理だと思わせた。死んだふりをした」と発言したことから、死んだふり解散という名前がつけられています。

衆議院解散の仕組みがわかると政治の動きがわかる

解散は衆議院のみにある制度で、解散がない参議院よりも国民の直近の意見を反映しやすいなどのメリットがあります。

解散のタイミングは内閣不信任案の可決や、内閣が解散すべきと判断した時など、いくつかの種類があります。

衆議院解散の仕組みを理解すると、政治の動きをより理解できるようになるでしょう。